両端の鈷(こ)を単独形に表した金剛杵(こんごうしょ)を独鈷杵(とっこしょ)と呼ぶ。本品は、鋳上(いあ)がりが良い精美(せいび)な出来の品で、鍍金(ときん)もよく残り、法具の当初の姿を偲(しの)ばせてくれる。鈷は太作りで、匙面(さじめん)のような緩い曲面をもち、把(つか)の蓮弁飾りも弁先がわずかに反りかえるように表され、型に嵌(は)まらぬめりはりのある造形を示している。把の中央に配された鬼目(きもく)が大きな円形に作り出されるのも、古い時代の金剛鈴(こんごうれい)・杵に通じる特徴である。一方で、部分を誇張的に表すことはなく、全体の形姿(けいし)は品よくまとめられており、こうした作風から、平安時代後期もあまり降らない頃の製作が推定される。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.263, no.130.
金剛杵は本来古代インドの武器で、密教では煩悩を打ち砕く意味で用いられる。杵形の把(つか)の両端に鈷を付け、鈷が一本のものを独鈷杵(とっこしょ)、三本を三鈷杵(さんこしょ)、五本を五鈷杵(ごこしょ)と呼ぶ。また、鈷のかわりに宝珠や塔を表した宝珠杵、塔杵もあり、これに独・三・五の三杵を加えて五種杵という。この独鈷杵は把に比して鈷部が大振りで、鬼目(きもく)が大きく、蓮把を三紐の約条で締める。蓮弁の反りが強く、鈷の匙面も深い。平安後期の添景を示す作例と考えられ、細部の作技も精緻で鍍金がよく残っている。
(内藤栄)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.289, no.54.