正面観の大仏殿を中心とした画面構成で、上方には霞の合間にのぞく寺内の堂塔を描く。大仏殿の左右には東西両塔、大仏殿後方の屋根は講堂、その右手は方形造(ほうぎょうづくり)の浄土堂と鐘楼(しょうろう)である。そして上方の右には手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)、左にお水取り(十一面観音悔過)が執り行われる二月堂が見える。堂塔の間には東大寺にまつわる縁起も描き込まれている。すなわち、金色の鷺と赤子は、幼い頃金色の鷺にさらわれたという良弁(ろうべん)(金鷺行者)が護国を祈ると宮中に向かって光が放たれたという説話を示し、雲上の菩薩(ぼさつ)衆は、大仏鋳造の折、功績のあった牛飼いの童と二十五人の鋳物師(いもじ)が、完成後、千手(せんじゅ)観音と二十五菩薩に姿を変え飛び立ったという説話を示すものである。大仏殿には法要を行う僧や参列する貴人、楽人らが参集し、周囲にも尼僧や参詣の男女らが集まっており、基本的には大仏開眼会(かいげんえ)の盛儀を描くものと考えられる。ただ東大寺の鎌倉再興を率いた俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が建立した浄土堂を書き込むなど、伽藍(がらん)の描写には奈良時代以降の様相が反映されている点が注目される。描写には芝琳賢(しばりんけん)に代表される室町時代の南都絵所(なんとえどころ)通用の特徴が認められることから、本図は南都絵所の筆とみなせる。画面構成は東大寺の二幅本〈その一〉に似ており、南都でこうした図様が継承されたものと考えられよう。重源が七幅制作したという「大仏曼荼羅」(『南無阿弥陀仏作善集』)の図像を引き継ぐのかもしれない。また本図の場合、大仏殿内に仏像を描き左右対称に配置する点で、浄土曼荼羅の構成も意識して描かれた可能性があろう。
(北澤菜月)
お水取り, 2015, p.23

- D023634
- 2000/02/01
- 全図

- D023636
- 2000/02/01
- 画上部、雲と建物

- A026213
- 2000/02/01
- 全図

- A026215
- 2000/02/01
- 画上部、雲と建物

- A025472
- 全図

- A025473
- 画上部雲等

- A025474
- 画中部伽藍等

- A025475
- 画下部人物等

- A025476
- 画中央部伽藍、人物等

- A025477
- 画中央部伽藍等

- A025478
- 画上部雲等
もっと見る
収蔵品番号 | 1172-0 |
---|---|
部 門 | 絵画 |
区 分 | 絵画 |
部門番号 | 絵214 |
銘 文 | 箱蓋表墨書「芝琳賢 東大寺縁起 竪幅」 |
文 献 | お水取り : 特別陳列. 奈良国立博物館, 2015, 67, vip.頼朝と重源 : 東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆. 奈良国立博物館 ; 朝日新聞社, 2012, 224p.大勧進重源:東大寺の鎌倉復興と新たな美の創出:御遠忌800年記念特別展. 奈良国立博物館, 2006, 285p.奈良国立博物館蔵品図版目録 仏教絵画篇. 奈良国立博物館, 2002, 169p. |