小ぶりの画面に、六牙の白像上に普賢菩薩が合掌・結跏趺坐する可憐な姿を描く。こうした騎象合掌形の普賢菩薩の画像は、長徳三年(九九七)の刻銘を持つ線刻胎蔵界曼荼羅中台八葉印鏡像に表されるものを現存最古の作例として、法華経信仰の興隆とともにとくに十二世紀以降盛んに製作されたことが知られる。菩薩の肉身は、淡墨線で下描きした上から薄く白色で彩色され、柔らかな淡墨線によって描き起こされている。眼窩線を描かない通例の仏画の描写とは異なる面影は、撫肩(なでがた)で細見の肉身と相俟って、現実の女性を思わせる親しみやすい表現となっている。頭光や身光は金・銀の截金(きりかね)文様によって荘厳されており、特に銀截箔によって蔓唐草をあしらう意匠は、細見美術館蔵愛染明王像など十二世紀半ばの作例に見られるものである。なお、本図の普賢菩薩の像容は、鎌倉時代に制作された刺繍普賢十羅刹女像(滋賀・宝厳寺)が細部に至るまでそのまま踏襲しており、高貴な女性による作善の中において継承された由緒ある図像と考えられよう。
(谷口耕生)
美麗 院政期の絵画, 2007, p.219
普賢菩薩は、普く一切の処に赴き、仏の衆生済度を助けるとされる。特に『法華経』の「普賢菩薩勧発品」には、六牙の白象に乗って法華の修行者の許に現われ、守護すると説かれており、それに基く絵画がよく行われた。わが国では、法隆寺金堂壁画に早い例が見られるが、『法華経』信仰の盛行した平安後期から鎌倉時代にかけて名品の多い中で、本図は比較的小品ながら、情感に富む作風に特色を示すものである。
菩薩の白い肉身には淡い朱の暈を施して、暖かく柔らかい質感を生む。輪郭も淡い墨の滑らかな曲線で形作られ、ふくよかな肉付きを表している。着衣は各部を穏やかな色調で塗り分けた上に、細い截金の曲線で衣褶を軽やかに表し、さらに金銀の切箔を連ねた瓔珞(ようらく)を全身にまつらわせて、像に輝きを与えると同時に輪郭を柔らげる。銀を主に金を混えた切箔と截金による文様で埋めた光背や、彩色の花で形作った天蓋から垂れる銀切箔の瓔珞も、像を優しい雰囲気で包んでいる。
(中島博)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.315, no.165.