平常展

なら仏像館の照明をめぐって

                                                          岩田 茂樹(学芸部長補佐)

 明治27年(1894)、奈良で初めての近代洋風建築として建てられた「旧帝国奈良博物館本館」は、翌28年の開館以来、115年にわたり展覧会場として機能してきました。この建物は平成22年夏「なら仏像館」と改称し、リニューアルオープンしましたが、これに合わせて照明方法を一新いたしました。もともとこの建物では、平成12年までは彫刻だけではなく絵画・書跡等も展示してきましたので、展示ケースもそれら平面的な作品に適した仕様となっています。それを彫刻という立体的な作品の展示に用いているのですから、おのずと無理がありました。
 最大の課題であったのが照明です。これまでは展示ケース内の上部に設置された蛍光灯だけしか照明の方法がありませんでした。この蛍光灯は、ケース内の壁面やケースに収めた展示台の上面を比較的均等に明るくすることができます。ですから掛軸や巻子などの展示には効果的です。
 しかし仏像のような立体的な作品を収めた場合、上から降りた光は作品の前面まで充分に回りません。作品の周辺は明るいのに、肝心の仏像の顔の表情や、衣のひだなど細部の彫りは影の中に入ってしまい、よく見えないということが往々にしてあったのです。
 ご承知のように特別展などでは、このような問題を解消するため、ケースの外からスポットライトの光を当て、作品の立体性を引き出そうとすることがあります。なら仏像館においても、ケースの外からのスポット照明を行いたいという願いはかねがね持っていたのです。ところが、この建物は国の重要文化財に指定されています。照明工事のため、壁に穴をガンガン開けることなど許されるはずがないことはご理解いただけるでしょう。
 そこで今回は苦肉の策をとりました。細長い回廊状の部屋では、向かい合う既存の展示ケース同士の天板にスチール製のパイプを渡し、ここにスポットライト用の配線ダクトを設置しました。ケースとケースとの間隔の広い部屋では、ケース上部にやはりスチール製の支持スタンドを取り付けてパイプを支え、これに配線ダクトを付けました。これによってようやく、作品に斜め上方から光を当てることが可能となりました。その効果を保つため、ケース内の蛍光灯は補助的に点灯させるに留め、室内天井の蛍光灯は消灯することとしました。
 結果は、賛否両論でした。「仏像の魅力がぐっと増した」、あるいは「荘厳な雰囲気がとても良い」などというお褒めの言葉をいただいた反面、「暗い!」というご意見も少なくありませんでした。担当者としても、成功した部屋もあれば失敗した部屋もあるというのが正直な気持ちです。またリニューアルオープンが真夏であったことから、照りつける灼熱の戸外からお入りいただいた場合、その明度の差が激しく、よけいに「暗い」とお感じになったのではないかと想像します。現代の美術館・博物館であれば当然設けられているプロムナード的な空間が、なら仏像館には存在しないため、いっそうその印象が助長されたのではないかと思うのです。
 その後、展示室入口への導入部の外壁のガラス面に遮光フィルムを貼って外光の進入を軽減させるとともに、最も批判の声の多かった小金銅仏の展示室のスポットの位置を変更いたしました。後者については、配線ダクトを設置したスチールパイプからもう一段低く配線ダクトを吊り下げることで照明の角度を変えました。この手直しによって、小金銅仏コーナーのイメージはがらりと変わったはずです。
 ところで、展示作品の照明に際して、どのような意識でこれを行っているとお思いでしょうか? 筆者が考えているのは、たとえばカタログ用の写真撮影時のようなライティングです。写真①をご覧ください。これは当館の写場において、天井からの蛍光灯照明だけで撮影したものです。顔の表情や、着衣のひだの表現があまりよく見えないことにお気づきでしょう。一方、写真②は、作品の斜め前方上部からストロボ光を当てて撮影したものです。写真①との表情と着衣のひだの見え方の差にご注目ください。
 これは実験的に撮影したものではありますが、写真①は展示室内および展示ケース内の蛍光灯のみを点灯した状態、写真②は蛍光灯を落とし、スポット照明を主とした状態とお考えください。もちろん写場の場合はライト位置を自由に変えることができるのに対し、展示場でのスポットはある程度決まった場所にしか取り付けられませんから、全く同じというわけではありませんが、原理原則は同等であるはずです。
 あらためて思います。仏像は立体です。光の角度が少し変わるだけで、全く別のオブジェになってしまいます。また優れた作品であればあるほど、仏師はより尊厳ある、あるいはより慈悲深い表情を求め、生き生きとした動きや精緻な細部表現を求め、こだわりを持ち丹精こめて鑿をふるったでしょう。展示室という制約の多い空間ですが、その仏師の魂を込めた工夫のあとに幾分かでも近づきたいと考えます。
 道はまだ半ばです。いろんな事情の許す範囲で、今後とも、なら仏像館の展示ディスプレーのバージョンアップに努めてまいりたいと存じます。長い目でお見守りくださいますようお願いいたします。

写真1と2


写真3

なら仏像館 展示風景

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