仏の頭頂に宿る徳を尊格化した仏頂尊(ぶっちょうそん)のうち最も優れた仏で、古代インドの理想的な王・転輪聖王(てんりんじょうおう)に例えられる一字金輪(いちじきんりん)を主尊とする曼荼羅。
一字金輪には如来形(にょらいぎょう)(釈迦金輪(しゃかきんりん))と菩薩形(ぼさつぎょう)(大日金輪(だいにちきんりん))の二種があるが、本図に描かれるのは後者で、五仏宝冠(ごぶつほうかん)をかぶり、智拳印(ちけんいん)を結んで七頭の獅子(しし)が支える蓮華座(れんげざ)に坐(すわ)る。周囲には仏の眼を尊格化した仏眼仏母(ぶつげんぶつも)と、転輪聖王の七つの宝(輪宝(りんぽう)、珠宝(しゅほう)、女宝(にょほう)、馬宝(めほう)、象宝(ぞうほう)、主蔵宝(しゅぞうほう)、主兵宝(しゅへいほう))がめぐる。明るい赤や緑の彩色を主体とする平安時代後期にさかのぼる作品で、一字金輪曼荼羅の現存最古の例として貴重である。
(萩谷みどり)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.257, no.92.
息災(そくさい)などを目的に行われた一字金輪法(いちじきんりんほう)と呼ばれる密教修法の本尊画像。本品は彩色本としては現存最古の作であり、麗しい色彩をたたえる平安仏画の優品として知られる。一字金輪は古代インドの理想的帝王とされる転輪聖王になぞらえる仏像の尊格であり、梵字ボロンの一字を真言とすることからその名がある。一字金輪には、螺髪(らほつ)を表し輪宝を持つ釈迦金輪(しゃかきんりん)と、五智宝冠を被って智拳印(ちけんいん)を結ぶという金剛界大日如来と同じ姿の大日金輪があるが、本品では画面中央に七獅子座上に坐る大日金輪の姿を描く。さらにその周囲には、転輪聖王が持つという七つの宝、すなわち輪宝・珠宝・女宝・馬宝・象宝・主蔵宝(財宝を司る)・主兵宝(兵を司る)を象徴する諸尊や器物とともに仏眼尊を廻らしている。このうち画面左上に配される馬宝は、蓮華座上に立つ有翼の白馬として描かれる。『起世因本経』や『世記経』などの諸経典によれば、馬宝は、神通力をもって虚空を飛行できる紺青色の馬であり、転輪聖王が試乗すると四海を翔け巡ったとされる。本品において翼を持つ姿に表されるのも、こうした記述を受けてのことだろう。ただし経典において身色が紺青とされる馬宝を白馬として描く点については、太陽神スーリヤが乗るという天翔る白馬の乗馬と同様の、古代インド以来の天馬イメージが投影されているのかもしれない。また王が飛翔する馬に試乗して国内外を巡るというモチーフは、聖徳太子が飛翔する甲斐の黒駒に乗って東国を巡ったという伝説にまで継承されていると考えられる。
(谷口耕生)
天馬 シルクロードを翔ける夢の馬, 2008, p.229
一字金輪曼荼羅は、息災や敬愛のために修する一字金輪法の本尊像として用いられる。はじめ東寺長者のみに許された修法とされたが、平安中期11世紀後半以降、仁和寺や円宗寺で恒例とされ、また台密でも用いられるようにもなった。
図は、不空訳『金剛頂経一字頂輪王瑜伽一切時処念誦成仏儀軌』(「時処軌」)にしたがう表現である。すなわち中央に火炎光背をおう大日金輪が獅子座上に智拳印を表して坐し、正面下方に輪宝を置き、右回りに珠宝、女宝、馬宝、象宝、主蔵宝、主兵宝、仏眼仏母などの七宝を配している。
大日金輪像は白肉身とし、濃い朱線で描起こし、朱の隈取りを施し、強い張りのある尊容を作っている。着衣は薄い白茶色に塗りそこに截金と彩色による文様を散らす。装身具は金截箔などを用いる装飾性豊かなもの。暖色がめだつ濃密な賦彩は優美さとともにある種の強さをも感じさせ、本図の魅力の一つともなっている。背景は中ほどより上は群青で虚空を表し、下辺は群青地に截金で甃(いしだたみ)文を表している。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.310, no.146.

