越中国射水郡(現在の富山県北西部)にあった東大寺領鳴戸村の範囲と面積、土地の開墾状況を示した図で、麻布に描かれている。画面中央には条里(じょうり)を示す碁盤目(ごばんめ)状の図を大きく描き、条里の一つ一つの区画には墾田と未開墾地(野)の面積が書き込まれている。条里図の右上方には、表題と土地面積の総計が記され、左下方には天平宝字三年十一月十四日の作成日と、作成に関わった人々の署名がある。画面全体に、朱印「越中国印」が全部で九十八顆(か)捺される。図中、寺領とそれ以外との境界を示す朱線や、「堺」の墨書を確認できる箇所もあり、本図の作成目的をよく示している。
(野尻忠)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, pp.247-248, no.32.
この麻布製の図は、越中国射水郡(現在の富山県北西部)にあった東大寺領荘園の範囲と面積を示したものである。横長の画面の中央には、条里を示す碁盤目状の区画が大きく描かれ、一つ一つの区画には墾田と未墾地(野)の面積が記されている。図中の所々には、荘園とそれ以外の土地との境界を示す「堺」の文字があり、その付近に朱線を確認できる箇所もある。おそらく、もとは朱の境界線が荘園の周りを囲っていたのであろう。現地の地形を示すような絵画的表現は、画面左上から中央にかけて引かれた二条の蛇行する墨線のみで、墨線の間には色(顔料は緑青か)が塗られており、これは水路を表している。条里区画図の向かって右側には、表題および図中に示された土地面積の総計が記され、左側には作成年月日と作成者の署名がある。条里区画図の部分も含め、画面上の文字のある箇所には朱印「越中国印」が全部で九十八顆捺される。本品は、表題部にあるとおり「東大寺開田地図」の一つである。「東大寺開田地図」と称される一群の荘園図は、奈良時代に東大寺が開発した墾田地を記した図で、長く東大寺に伝来したが、現在はその多くが正倉院宝物となっている。その一部は正倉院に入る前に民間に流出しており、現在のところ本品も含めて六点が知られている。
(野尻忠)















