手を大きく振って疾駆する姿から「走り大黒」と呼ばれていたが、近年の研究では禅宗寺院を護る伽藍神とされ、寺院内で修行を怠る者がいれば、その者に釘を刺して懲らしめる役割を持つという。
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頭巾(ずきん)をかぶり袍(ほう)と袴(はかま)を着て、手を大きく振って疾駆(しっく)する像である。頭・体部を一材とする割矧造(わりはぎづくり)で玉眼を嵌入(かんにゅう)し、両手足を別材で矧(は)ぐ。かつて、この姿が異形の大黒天と解釈され「走り大黒」の名で親しまれてきたが、本像と着衣や姿勢が同じものが、京都・東福寺仏殿の伽藍神像の中にあり、「感応使者(かんのうししゃ)」あるいは「監斎使者(かんさいししゃ)」と呼ばれていたことがわかった。伽藍神は、鎌倉時代以降、中国・宋の影響を受けて禅宗や泉涌寺(せんにゅうじ)系の律宗寺院などで造立された守護神である。躍動的な姿勢や、生彩に富んだ面貌に、鎌倉時代後期の造形感覚が現れている。
(岩井共二)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2022, p.142, no.188.
烏帽子(えぼし)を被り袍(ほう)を着け、手を大きく振って疾駆(しっく)する像。大正六年(一九一七)の売立目録(オークションカタログ)で「走り大黒天」と紹介され、その名で長らく親しまれてきたが、同じ着衣と姿勢の像が、禅宗寺院などで祀られ「感応使者(かんのうししゃ)」あるいは「監斎使者(かんさいししゃ)」と呼ばれているため、本像は、伽藍を守護する伽藍神と考えられる。修行を怠(おこた)る者がいれば、釘を刺して懲(こ)らしめる役割で、かつては手に釘(くぎ)と槌(つち)を持っていたようである。躍動的な姿勢や、生彩に富んだ表情に、鎌倉時代後期の造形感覚が表れている。
(岩井共二)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.269, no.168.
手を大きく振って疾駆(しっく)する姿から「走り大黒」の愛称が付けられていたが、近年の研究では伽藍神の一人とされ、寺院内で修行を怠る者がいれば、その者に釘を刺して懲(こ)らしめる役割を持つという。
(岩井共二)
大和の仏たち-奈良博写真技師の眼-. 奈良国立博物館, 2014.12, p.34, no.16.
頭と胴体は一つの材だが、両手足は別材を矧(は)ぎ付けている。このような躍動感のある像をもし丸ごと一材で造ろうとすれば、巨木が必要になるが、腕や用材を足すことで、小さな材の集積によってつくることが出来る。鎌倉時代にはいくつもの部材を組み上げて躍動感ある彫像を作り上げる技術が高度に発達した。なお、本像は「走り大黒」の名で親しまれてきたが、近年は、伽藍の守護神の「感応使者(かんのうししゃ)」あるいは「監斎使者(かんさいししゃ)」にあたると考えられている。
(岩井共二)
みほとけのかたち 仏像に会う. 奈良国立博物館, 2013.7, p.84, no.51.
頭巾をかぶり袍(ほう)と袴(はかま)を着て、手を大きく振って疾駆する像である。頭体部を一材とする割矧造で玉眼を嵌入し、両手足を別材で矧ぐ。かつて、この姿が異形の大黒天と解釈され「走り大黒」の名で親しまれてきたが、本像と着衣や姿勢が同じものが、京都・東福寺仏殿の伽藍神像の中にあり、「感応使者(かんのうししゃ)」あるいは「監斎使者(かんさいししゃ)」と呼ばれていたことがわかった。伽藍神は、鎌倉時代以降、宋代中国の影響を受けて禅宗や泉涌寺(せんにゅうじ)系律宗の寺院などで造立された守護尊である。躍動的な姿勢や、生彩に富んだ面貌に、鎌倉時代後期の造形感覚が表れている。
(岩井共二)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館. 2013. p.116, no.153.
頭巾(ずきん)・袍(ほう)・袴を着用し、手足を大きく前後に出して疾駆する姿の像。生彩に富んだ面貌と躍動する身体の描写、着衣の巧みな風動表現などに、いかにも鎌倉彫刻らしい潑剌(はつらつ)とした感覚が認められる。異形(いぎょう)の大黒天像とみなされ、「走り大黒」の名で親しまれてきたが、近年では寺院伽藍(がらん)の守護尊である伽藍神中の「感応使者」にあたると考えられている。伽藍神は宋代中国の影響をうけて、鎌倉時代以降、禅刹(ぜんさつ)と泉涌寺(せんにゅうじ)系の律宗寺院を中心にしばしば造立された。京都・東福寺には、本像と着衣・姿態が酷似する像がある。
(稲本泰生)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2010, p.114, no.149.
頭巾(ずきん)を被り、袍衣・袴を着用し、右足を大きく踏み出して袖先を後ろになびかせながら駆け出す姿を表した大黒天立像。
一面二臂の大黒天は寺院の守護神として、忿怒相で大きな袋を肩から担いでいる姿が古くは造立されたが、のちに財福神としての性格が強くなるにつれて笑みをたたえた表情の像が一般的となってくる。しかし本像はこれらの像容とは大きく異なり、袋は持たずに眉をひそめ遠く前方を見据えながら疾駆する姿で、「走り大黒」と称される異形の大黒天像である。ダイナミックな動きを破綻なくまとめているが、やや形式化した表情や大ぶりで角張った着衣表現から、鎌倉時代後期の制作と考えられる。頭・体部をヒノキ材の一木割矧造とし、割首し、面相部を割り放して玉眼を嵌入している。彩色はほとんど剥落し、下地を見せている。
(礪波恵昭)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.299, no.98.

